ピカソの絵は上手なのか?芸術は奥が深い
ピカソの絵は上手なのか?芸術は奥が深い
ピカソの絵を見て凄いな~って心から思えるか?
私は理解できない。
少しピカソについて調べてみる。
ピカソの名前
パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・
ネポムセノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・シプリアーノ・
デ・ラ・サンテシマ・トリニダット・ルイス・イ・ピカソ
長すぎる。
作品
泣く女
愛人のドラ・マールですが、彼女は書き上がったこの絵を見て
素晴らしいとか感じたのだろうか?
上手な絵なのかももはや謎すぎるのである。
絵の解釈
「牡牛は牡牛だ。馬は馬だ。大衆、観客は、馬と牡牛を自分で解釈できる
シンボルとして見ようとしている」
と述べたが ファシズムではなく、
残忍性と暗黒である。馬は人民を表す『ゲルニカ』の壁画は
象徴的、寓意的なものである。だから、わたしは馬や牡牛やその他を
使ったのだと述べた。ピカソは動物たちの象徴性だけは認めたが、
その他の要素については多くを語らず、また具体的な意味合いなどを
説明することなく世を去った。美術史家の宮下誠は、
全体として「キリスト教的黙示録のヴィジョン、死と再生の息詰まるドラマ、
ヒューマニズム救済の希求、すべてを見抜く神の眼差し、
それでも繰り返される不条理な諍いと死、人間の愚かさと賢明さ、
人知を超えた明暗、善悪の葛藤の象徴的表現の最良の結果」
を描いているとしている。
うんうんうん・・・分からんw
全く分からんぞ。
この絵でなんとなく分かった
アヴィニョンの娘たち
アビニョンの娘達ですがこれの中心から右側のタッチが違うと思いませんか?
絵画の真ん中から向かって左はまだ模写の影響があります。
しかし向かって右側の上はアフリカ彫刻の影響がまだ感じられますが、
右側下になるともう殆ど感じられませんつまりピカソキュビズムは
最初はアフリカ彫刻の肉体的な表現から最後の方は自分の表現を目指すかたちになり
どんどんその肉体的な表現より主知的な表現に変わっていくのでした。
この頃は一般的には「分析的キュビズム」の時代と言われています。
最初はアフリカ彫刻の極端なデフォルメから始まって最後には結局
構図とは点と線の集合体であるという風な理解に到達したと言えるでしょう。
これがこうなった作品例
まとめ
上記の写真を見て象形文字に返るというか、納得してしまうが。
いまだに理解できない。
しかし私は絵心が無いのではっきりとしたことは言えないが、
絵を見てうまいな~って思うより、ピカソの絵は え?っと
思わせるのである。
このえっ?て思った瞬間にもうピカソの世界に入ってるのかもしれない。
なにこれ?というのも又心を動かされてた証拠でもある。
芸術というのは奥が深い。